カンボジアの旅Ⅲ

2011-07-06

カンボジアの旅のつづき。
ある日本人社長が地域に寄付してつくった学校の開校式に同行した。

MAYUMIの旅びと生活。

といっても、雨期で、建設が進まず、まだ屋根のない状態。
この学校は、シュムリアップから、車で2時間ぐらいの農村部にある。
開校式には、村の人たちが、たくさん集まっていた。
この学校は、まだ、地雷が埋まっている地域で、最初に地雷の撤去をしてから、建設が始まった。
カンボジアは、20年ほど前(本当に落ちついたのは、10年ちょっと前)まで、
内戦をやっていて、全人口の3分の1近くが亡くなったのではないかと言われる。
このあたりは、ポルポト軍の基地があった場所だという。

MAYUMIの旅びと生活。

子どもたちが、カンボジアと日本の旗をもって歓迎。
校舎はできていないけれど、机はできていた。
このときは、青空の下で授業をやっていた。

MAYUMIの旅びと生活。MAYUMIの旅びと生活。

おどける子どもたち。

MAYUMIの旅びと生活。

中学生のお姉さんたちが、アプラサを踊ってくれた。

MAYUMIの旅びと生活。

でも、貧しくて学校に通えない子も多い。
学用品を配っていたら、羨ましそうに、「ちょうだい」とやってきた。
この子たちが、学校に通える日を祈りたい。

MAYUMIの旅びと生活。MAYUMIの旅びと生活。

(左)ポルポトの兵士、しかも、少佐か中佐。
戦争で右腕を失った。
いまは、地域の子どもたちのために、学校をつくる活動をしている。
(右)学校の裏庭には、こんなマークがあちこちに。
これは、地雷が埋まっているという立て札。
カンボジアの人がぽつりと言った。
「あの戦争が、なんのためのものだったのか、いまだにわからない」
だれのための戦争だったのか。なにが目的だったのか・・・・
それでも人は戦い、亡くなっていった。
もう二度と、二度と、こんなことが起きませんように。


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