チャップリンの名言

2009-06-24

いつも夜の2時とか3時(朝?)に寝るのだけど、
昨夜はめずらしく11時すぎに寝た。
前日の夜、3時間半ぐらいしか睡眠をとっていなかったため。
そしたら、なんと5時すぎに目が覚めた。
こんなに早起きしたのは久しぶり。
何年ぶりだろうというぐらい。
朝のしっとりした空気のなかで
窓を開けてコーヒー……ってのもいいもんだ。
今朝は雨が降っているけれど。
さて、今回の本に書こうとして、結局書かなかったチャップリンの名言。
「人生に必要なものは、勇気と想像力、
それと、ほんの少しのお金だ」

調べたらほかにも、チャップリンのこんな名言があった。
「過去にこだわるものは、未来を失う」
「最高に強い種が、最高に知的な種が生き残るわけではない。
周囲の変更に最も敏感に適応した種が生き残る」

チャップリンの映画は数年前にはまって、いくつか観た。
いまも色褪せないのと、いろんな部分に細かいこだわりがあるようで
観ていて、本当にあきない。
メッセージ性もあるし。
いま、ウィキペデイアで調べたら、
チャップリンの運転手さんをしていた日本人は、
のち、マネージャーになったという。
日本人への印象がよく、一時期、家の使用人のほとんどが
日本人だったとか。
親日家のようで、何度か来日している。
晩年はだれとも会わず、スイスで隠居生活を送っていたそうだが、
テレビ番組の企画で、チャップリンを尊敬する萩本欽一が会いに行ったという。
元日本人マネージャーのアドバイスで
「チャップリンは日本人が好き。特に女性が・・・」
という話を聞き、博多人形を持っていったが、
当時ののマネージャーに3日間、断られ続けた。
4日目も行ったが会ってもらえず、怒りと失望で
「あの映画は嘘だ!」
と大声で叫んでいたら、チャップリン本人が
「なにごとだ」
と出てきて、温かく迎え入れてくれたという。
(すみません。ほとんど、ウィキペディアからの引用です)
チャップリンの元運転手でマネージャーにもなった高野さんという人物も興味深い。
15才のとき、親に留学と偽ってアメリカにわたり、
雑貨店などで働きながら31才のとき、チャップリンの運転手として採用される。
のち、秘書としての仕事もするように。
しかし、浪費癖のあるチャップリンの妻とうまくいかず、退職。
チャップリンから戻るように要請されたが、戻らなかった。
チャップリンは高野氏に膨大な退職金と、
チャップリンの映画上映の代理店としての権利を与えたという。
(高野氏はいくつかのビジネスを試みたがいずれも成功しなかった)
スパイ容疑で6年間、戦後まで強制収容所に入った後、
アメリカで日系人の市民権回復運動に関わり、
晩年は、故郷の広島で暮らした。
また、チャップリンの映画、観たくなった・・・
MAYUMIの旅びと生活。-090624-1
大好きな鎌倉の海岸。
ウィンドサーファーがいっぱい。


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