南アフリカ、のみの市

2011-06-17
MAYUMIの旅びと生活。

ゆうちゃんが、南アフリカに学校をつくろう!プロジェクトをやっているので、南アフリカのことを思い出し、写真を取り出してみた。
私が思い出深いのは、ケープタウンの、のみの市。
手作りのものがあれこれ、売っていた。

MAYUMIの旅びと生活。

                  ジャンベと巻物。色がきれいだった。


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その他、楽しくなってくる小物。

MAYUMIの旅びと生活。

       なぜか、鉄腕アトムTシャツ。お菓子のパッケージを、意味もわからず、そのままコピーしたのかな。

MAYUMIの旅びと生活。

街かどには、楽しい建物がちらほら。
インド、アレーシア、インドネシア……など、アジアの人が住む地区もあった。
昔、「唐ゆきさん」と呼ばれる、農村から唐に売られていく日本女性が、なぜか南アフリカに来て住んでいたといういう伝説が、この街にはある。大阪城に、アフリカから連れてこられた黒人が住んでいたという説もあるらしい。
アジアとヨーロッパとの交流は、このケープタウンが中継地だった。
だから、いろいろな民族が住んでいる。
ゆうちゃんが言うように、アパルトヘイトが撤廃されて、数十年も経っているのに、黒人と白人の住む場所、生活する場所は、きっちりと分けられていた。
夕方、ホテルから食事に出ようとしたら、「怖いから、やめたほうがいい」と黒人のホテルマン。
「でも、まだ明るいよ~」と言っても、「絶対、やめたほうがいい」。
結局、ホテルマンが、買い出しに付き合ってくれたんだっけ。
たしかに、ちょっと怪しい目つきの人たちが、ふらふらしていた。
夕方、まだ明るいのに、街はゴーストタウンのようだった。
スラム街の人と交流したときは、楽しかったな。
子供たちがダンスしたり、歌ったり、ジャンベを叩いたり。
底ぬけの明るさ、エネルギーに圧倒された。
ケープタウンは、人間の光と闇が見える街だった。
(あちで、のみの市続編をアップします) 


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