日本人の「恥」という感覚

2010-04-05

今日は台湾の祭日。
こどもの日であり、清明節といって、
家族や親戚で先祖を供養する日でもある。
だから、この休日はお墓参りのために
大移動が起きる。
目の前のグランドは、いつも早朝から
野球をする人がいっぱいだが
今日は人っ子一人いない。
多くの個人商店も閉まっているよう。
さて、先日、ブログにツレの咳が止まらず
病院に行った……
というようなことを書いたら
「途中から別な話になってますけど、
 大丈夫だったんですか?」
とのご指摘。
ええ。喉に蒸気当てたり、
薬飲んだりして、ほぼ回復。
代わりに、私がゴホッ、ゴホッ。
医師によると、
これは風邪じゃなくて、
台湾の空気とか水、食べ物などに
軽いアレルギー反応を起こしているらしい。
台湾にいる日本人の友人も
「そうそう、私も最初はそうだったわー」
と言っていた。
長年日本の空気に馴染んでいたんだから、
そういうこともあるだろう。
もうちょっと続くようなら
私も病院に行こう。
それはともかく、
ちょと真面目な話。
先日、大学の異文化交流の授業で
日本の「恥の文化」について話した。
やはり「恥」という感覚の強さは、
日本人の伝統的特徴のようだ。
(人にも寄りけりだけど)
「恥ずかしい」という感覚が、プラスに働くと
「恥ずかしくないように、ちゃんとしなきゃ」とか
「お天とうさまに恥ずかしいようなことはしたくない」
というように、成長したり、身を律することにつながる。
でも、マイナスに働くと
「恥ずかしい」が優先して、言論や行動が抑制される。
時代とともに、この「恥」という感覚が
薄れてきている(気がする)。
「なんだっていいじゃん。自分がいいなら。自由にいこうよ」
というように。
それなのに、ここぞという主張するべき場面では
恥ずかしがって周りの空気に合わせたり、多数に追随して
「いですよ。みなさんがよければ」
となってしまう。
「恥」をラクなほうに都合よく使っちゃいけない。
(私もそうなんだけどね)
「恥ずかしさ」と「謙虚さ」は
似ているようで、まったくちがう。
「謙虚さ」は自分はひかえめで相手を尊重すること、
マイナスの「恥ずかしさ」は、目立つことへの違和感や恐れ。
でも「恥」という感覚を尊重しようとするなら
それは大きなエネルギーにもなる。
「恥」という感覚の形成は、個人の意志とか決心というより、
家庭や社会全体のモラルや空気によるところが大きいのだけど。
うーん。まとまりがなくなってきた。
ともかく、周りとの調和を大切にようとする日本人らしい
「恥」「恥ずかしい」という感覚、
パワーを発揮する方向で、
大事に使っていかなきゃと思うことであった。

MAYUMIの旅びと生活。-100405-1

↑昨日、高速道路から見た夕陽


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