西拉雅(シラヤ)の旅52 【八田與一記念公園オープン式典】

2011-05-09
MAYUMIの旅びと生活。

5月8日、八田與一記念公園のオープン式典には、台湾、日本から多くの人が集まった。
八田氏は、昭和初期、台湾に巨大な烏山ダムを造った台湾総督府の技師。
1万6000キロメートルの水路は、いまも使われ、嘉南平野は台湾一の耕作地帯となっている。
記念公園は、3年前の5月8日、毎年行われている八田氏の慰霊祭で、馬英九総統が「ここに八田氏の公園をつくろう!」と宣言して、建築プロジェクトが始まった。
この場所には、当時、200棟もの寮があり、台湾人、日本人が暮らしていた。
八田氏邸や、寮の復元も進められた。

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八田氏と同じ石川県の出身、森喜朗元首相があいさつ。
「八田氏のことをよく知っているのは、まちがいなく、日本より台湾の人たちです」
とおっしゃっていた。
このほか、国会議員二十数名、石川県金沢市長、市議会議員団なども参加。
感動的だったのは、八田氏のご遺族(長男の息子さん)のあいさつ。
八田氏には8人の子どもがいたが、当時、まだ、5、6歳だった娘さん2人も来ていて、復元された八田氏邸を見て
「あの洋風のバルコニー、よく覚えている! あのときのまま・・・・・・」
と言われたとか。
この場所は、台湾、日本のダム工事の作業員だけでなく、その家族がみんなで集い、スポーツや、映画鑑賞や、お祭りを楽しんでいた。
「この場所が、台湾と日本の交流の場所になってくれたら・・・・・・」
八田氏夫妻、いや、当時、ダムの工事に携わった人たちが喜んでくれるかもしれない。

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馬総統は、
「私は、世間では反日派と言われているが、そうではありません。事実は事実として、認めたい」
と、八田氏の功績を丁寧に説明。
台湾で東日本大震災に対する義援金が160億集まり、日本で感謝していることに対しては、
「やるべきことをやっただけ。まさかのときの友は、真の友。私は日本にとても理解のある“友日”派です」

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慰霊祭は、台湾式。
来年で八田氏が亡くなって70年になる。
この間、ずっと慰霊祭を続けてきてくれた、台湾の人々に感謝。


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