西拉雅(シラヤ)の旅31 【烏山頭水庫】

2010-09-27

80年前、シラヤで烏山頭ダムを造った八田與一さんのことは、以前書いた。
◎台南県・西拉雅(シラヤ)国家風景區の旅1
http://ameblo.jp/arimayu1227/entry-10544242163.html
◎八田與一さんの客家のドラマ
http://ameblo.jp/arimayu1227/entry-10544479216.html
◎西拉雅(シラヤ)の旅5 八田與一と『烏山頭ダム』
http://ameblo.jp/arimayu1227/entry-10562566757.html
今回は、烏山頭水庫に、呉鳳科技大学、久留米大学の学生とやってきた。

MAYUMIの旅びと生活。

「八田さんは、こうして水庫を見ながら座って、台湾のことを考えていました。八田さんは、台湾と日本の誇りです」
と、解説員の廖先生。
「当時、嘉南平野は天候によって、農作物ができたりできなかったり。マラリアも流行っていた。
それが、1万9000メートルの水路ができたおかげで、台湾の米蔵になり、農作物も豊かに実るようになった。
関東大震災で資金不足になったり、トンネル工事の爆破事故があったりで、ダム工事は何度も中止の危機に陥ったが、10年をかけて、夢のようなダムができたんです。80年前にできたダムは、いまも壊れていません……」と、学生たちに説明。みんな、真剣に聞き入っていた。

MAYUMIの旅びと生活。MAYUMIの旅びと生活。

写真には収まりきらないほど、とてつもなく大きな烏山頭水庫。見えているのはほんの一部。向こう岸の奥もさらに水庫は続いている。

MAYUMIの旅びと生活。

今回の旅のメンバー、呉鳳科技大学と久留米大学の学生さんたち。黒いポロシャツを着ているのが、台湾チーム
次に向かったのは「八田與一記念公園」予定地。来年、八田さんの命日である5月8日にオープン予定なのだ。

MAYUMIの旅びと生活。MAYUMIの旅びと生活。

(写真右)八田さんの住居の復元。プレハブの中に瓦屋根の日本家屋が見える。
このあたりには、日本からの技師、労働者たちが住居を構え、小さな村ができていたという。
八田さんは、「家族と暮らし、精神的に安定した状態でないと、いい仕事はできない」と、労働者たちの家族も呼び寄せ、学校や映画館も造った。夏祭りをして、自ら踊ったこともあったとか。
「八田與一記念公園」では、八田さんの家や寮を復元。台湾にとっても、日本にとっても歴史を知る貴重な場所であり、現代の交流の場所になるはずだ。
MAYUMIの旅びと生活。MAYUMIの旅びと生活。
(写真・左)大学生たちは、犬の家と、大工さんたちが世話している犬に夢中。犬の家も日本家屋式に造られていた。
(写真・右)すぐそばに、日本統治時代の家屋を発見。いまは廃墟となっているよう。MAYUMIの旅びと生活。MAYUMIの旅びと生活。
(写真)住居はいまのところ4棟、復元される予定。家のなかの家具や生活用品など、昭和初期のものを、八田さんの故郷である石川県でも集めている。昭和人が「懐かしい」と感じる風景になりそうだ。

台湾で昭和初期の風景に出会う……そんな旅もいいんじゃないだろうか。


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