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謝謝、台湾

2012-03-11


台湾で、日本からのCMが流れている。
大使館にあたる日本の窓口、日本交流協会が企画したものだそうだ。
上の映像では、同じようなものが何度も流れているが、
ちょっとずつちがう。
後半の、漁師のおじさんの姿にしんみり。
1年前の震災で、台湾人のすごさを思い知らされた。
去年、震災が起きてから、人々はすぐに動き始めた。
あのとき、震災で呆然としていた日本人より動きが速かったかもしれない。
すぐに学生たちは、自主的に募金活動を始め、
子供たちも、日本に向けて励ましの手紙を書いた。
救助隊は、避難活動に加わろうと、すぐに被災地に乗り込んだ。
2週間も経たないうちに、テレビ局が合同で長時間の
チャリティー番組を放映し、人気歌手やタレントたち、
総統が募金を呼びかけた。
それぞれが、自分の場所から、できることを探して、動いていた。
台湾で集まった義捐金は200億円に上る。
いまは、ほとんど震災の話題はなくなり、それも当然だと思っていたが、
先日、テレビに、一人、日本でも仕事を辞めて、
被災地でボランティアを続ける若い台湾人女性の姿が映し出された。
「台湾人も、日本人もない。困っている人がいたら、助けたい。
 私は、日本語がよくできないけれど、気持ちがあれば、
 やれることはある……」
お年寄りたちの仮設住宅を一軒一軒回り、食糧や衣類など支援物資を届ける。
すでにお年寄りたちと顔なじみ。
気難しそうなおばあちゃんも、
「彼女は、私たちがなにが欲しいのか、本当によくわかっているの」
と嬉しそうに話していた。
「困っている人がいたら助ける。あたりまえのことでしょう?」
台湾で暮らし始めて2年。
私自身、何度、その言葉に助けられてきただろう。
いろいろな場所で中国語が話せず困っていたときに、
見知らぬ人から助けられたとは、数えきれない。
本当に大切なのことなのに忘れがちなことを、教えてくれる台湾。
謝謝、台湾。

あの日から一年。

2012-03-10

MAYUMIの旅びと生活。

明日で、あの震災から1年になる。

NHKでは、ここ1週間、ドキュメンタリーの特集が組まれていて、

それを確認するのは、日本人としての義務のような気がして、毎日、観ている。

しかし、私から見えているのは、ほんの一部。

見えない部分に多くの真実が隠されているのを忘れちゃいけない。

わかったような気になっちゃいけない。

でも、わかろうとする気持ち、

「本当のところ、どうなんだ」と本質を見ようとする気持ちがなければ、

本当になにもわからない。

そして大事なのは、自分なりに判断した現実から、

未来を考えていくこと。

自分のこととして、とらえること。

これまで、「~の責任」「仕方がない」と傍観してきた人には

まったく責任はないのか?

これから私たちが進むべき方向はどこなのか?と。

現実をできるだけ正確に受け止めて、未来を真剣に考える。

そして、言葉にする。

それが、失なわれた尊い命、震災や原発問題で苦しんでいる人への

私ができる、せめてもの償いのような気がしている。

午前中の探検。

2012-03-09
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昨日は、体の調子があんまりよくなくて、一日中休んでいた。

そういえば、台湾に戻って以来、休みがなかった。

こんな日もあるだろう。

しかし、休みは「仕方なく休む」ではなく、

「気持ちよく、楽しいことをして休む」がいいなーと反省。

今日は、なんとか復活。

午前中は、移民局に居留証を受け取りにいく。

移民局は、ベトナム、インドネシア、フィリピンなど、

東南アジアからの労働者と思われる人々でいっぱい。

彼らが介護の現場や工場など、台湾の労働力を支えている。

今後、日本でもこんな時代がやってくるのだろうか、などと考えてしまう。

さて、目的が達成したら、すぐ近くにあった、お気に入りの店、小園でランチ。

小園弁当は200元。

学食のお弁当は、35~50元。街の中でも高くて100元なので、

かなり豪華なお弁当だ。

しかし、それだけの価値はある。

薄味で本当においしい。

前のご主人は、日本人だったというが、いまは台湾人だけで、

しっかりと味を受け継いでいる。
小園さん、いい仕事、されてます。

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帰ろうとしたら、小園の向かい側が、商店街になっているのに気づき、しばし散歩。

こんな冒険は大好き。

野菜や果物、洋服などが、ごっちゃになって売られている商店街。

商品数が少ない店でも、昔ながらの店でも、ちゃんと成り立っているのが台湾だ。

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ブライダル写真を撮っているカップルもいた。

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果物屋さんで見つけた、双子っぽいパイナップル。

実の部分がハートの形になっていて、ご利益がありそうな、なさそうな。

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ナスっぽい形の大根。

なぜかおいしそうに感じてしまう。

帰宅途中、日差しがあまりにも強くて、くらっと目まいがしそう。

夏に向けて、体力をつけていかねばと、身に染みて感じる。

仕事のため、旅行のため、あぁ、そうだ、大学院の修士論文を仕上げるために。

体って、ほんと、いちばん大事な資本……。

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言葉のでき方

2012-03-07
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暑い日だった。

教室では、エアコンがガンガン効いている。

今日は翻訳についての授業。

欧米文化が盛んに入るようになった明治初期。

日本には、「society」という英語にあたる日本語がなかった。

明治6年(1873)の、英和辞典では。

society =会(ナカマ)、会社(クミアイ)、連衆(レンシュ)、交際(カウサイ)、

合同(イッチ)、社友(シャチュウ)

英語のsocietyには、広義と狭義があるが、

日本には、新聞社、婦人会など、狭い範囲の言葉はあっても、

広い範囲の言葉はなかった。

「国」とか「藩」とかいう言葉は身分の集まりであり、

「個の集まり」ではなく。

つまり、societyに対応するような現実が日本になかったということ。

individual(個人)という考え方も、当時の日本にはなかった。

そこで、翻訳者たちは、苦労した。

福沢諭吉は、初期は「人間交際」などと訳しているが、

『学問のすすめ』あたりから、「社会」という言葉が用いられている。

「社会」という言葉は、最初からあった言葉ではなく、

新たな概念を表現するために、学者たちによって人工的に作られた和製漢語。

翻訳者たちは、あれこれ用いているうちに、

「わかりにくいが、使いやすい」

という「Society = 社会」という言葉に落ち着いていった。

「わかりにくい」からこそ、乱用されて、広まりやすいのだ。

別な言語に置き換えて、意味を伝えるには、概念や考え方を理解しなきゃ伝えられない。

当時の翻訳の苦闘って、タイヘンなものだっただろう……っていうお話。

ちなみに、これを発表してくれたのは、アメリカ人のRちゃんで、

英語には、日本の「義理」とか「本音」「建て前」にぴったりくる単語がないらしい。

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日本語を学ぶ若者たち

2012-03-06
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今年、台湾で新しい仕事が加わった。

大学4年生への講義。

これまで単発の講演やセミナーは、何度もしたが

継続的なのは初めて。

「日本企業文化」という授業。

1回目の今日は、面接や自己PRの実践練習をしてもらいつつ、

台湾と日本の会社のちがいなどについて話した。

日系企業で働くためには・・・という話も。

一生懸命、日本語を学んでいる大学生たち。

いつか、それが生きる糧になればと思う。

講義が終わって、自分も大学院に行って講義を受ける。
学生として。

日本の留学から帰ってきた学生が3人。

2年で300万円かかったという学生もいたが

「お金には替えられない経験が得られた」と言っていた。

さわやかな、いい笑顔。

それにしても暑い一日だった。

高雄には春がないというが、ほんと、夏が来たよう。

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