台湾の旅

こんな日もある。

2012-08-21
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バイクで外出しようとしたら、ガソリンがまったくないことに気づいた。
近所のガソリンスタンドで給油して、給油口を閉めようとガチャガチャやっていたら、ガチャーンとバイクを倒してしまった。
みるみるうちに、ガソリンがこぼれ、油の海に。
(ちょっと大げさか…)
後ろのお客さん方が、バイクを起こしたり、給油口を閉めたりと、親切に手伝ってくださる。
ありがたい。
気を取り直して再度、給油し、近所のバイキングのお店でゴハン。
帰ろうとしたら、バイクの鍵がうまくささらない。
ガチャガチャやっていたら、雨が降ってきた。
とりあえず、目の前のファミマに飛び込む。
ふう。気を取り直して、コーヒーを飲もう。
本格的に降ってきた。
雷も激しくなっている。
最近、スコールのように雨が降っていたのに、危機管理が甘かったか。
すこし小降りになったら、さっと帰ろう。
バイクが動かなかったら、歩いて帰ろう。
大したことじゃない。
方法はいくらでもある。
雨が小降りになるまで、本でも読もう。
iPhoneからの投稿

激情。

2012-08-20

MAYUMIの旅びと生活。


仕事に没頭して、ブログを更新するのを忘れていた。

外に出かけると、「あ。更新しなきゃ」となるのに、

家にいて忘れるのは、どうしたことだろう。


特に、変わったこともないが、近所から、夫婦喧嘩の声が聞こえている。

よくあることだ。

うちに泊まった友人が、朝、聞いたこともないような奇声で目覚めたら

喧嘩の声だったと言っていた。


テンキの友だちがコンビニの前で恋人と喧嘩していて、

30分経ってもおさまらず、警察がやってきたらしい。


喧嘩の光景は、街でたまに見かける。

知らない人が仲裁に入ることもある。


空港で日本人男性が、台湾人の彼女に刺されたという話も聞いたっけ。


とても情熱的な人たちは、喧嘩も派手だが、仲直りするのも早い。

激しく泣いたり叫んだりした後、いつの間にか笑っている。


子供みたいな激情。

ちょっとうらやましかったりする。

写真はフランスのひまわり畑

やったことがないこと。

2012-08-18
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一週間、散歩以外は外に出ていなかったので、今日は起きてすぐ、出かける用意をした。
食料も尽きつつある。
カフェで抹茶スムージーを飲みながら、あれこれ考えたい。
天気がいい。
近所のバイキングお弁当やさんでご飯して、ごきげんにバイクでぶらぶらしていたら、抹茶スムージーのカフェの姉妹店を発見。
まったりとしつつ、ゲラチェック。
80年代のアメリカの音楽が懐かしい。
いま、こうして台湾のカフェで、あたりまえのように原稿を見ている自分のことが、ふとおかしくなった。
10年くらい前までは海外で暮らすなんて、とんでもなく勇気の必要なことだと思っていた。
でも、現実的に考え始めると、そんな勇気なんて必要ない。
やってみると大したことでもない。
海外旅行もそうだった。
世界一周したり、ひとりで何カ月も旅した人の話を聞くと、すごいなー、よくやれるなーなんて思っていたが、実際やってみると、そんなキモチは吹っ飛んでしまう。
大変だと思っていたことが、実は大変でもなんでもないってことがよくある。
案ずるより産むが易し。
人はやったことのないことには、都合のいいフィルターをかけているんだろう。
ブレーキをかけていたのは、自分のココロ。
でも、そんなかつてのキモチも忘れずにいたいと思う。
何時の間にか、外はどしゃ降りだ。
そのうち止むだろう。
止まない雨なんてないもの。
iPhoneからの投稿

気になる方々。

2012-08-17

今日は素敵なニュースが飛び込んできた。

106歳の誕生日に、「最高齢世界一周旅行者」としてギネスに認定された、医学博士であり、文学博士である昇地三郎さん。

9か国で講演をしながら回ったという。


ニュース(西日本新聞)↓

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/318983


ドクター昇地の世界一周のブログ↓

http://blogs.yahoo.co.jp/shiinomi104/


ただの観光旅行ではなく、自分のやれることを、その国の人に提供しながらの世界一周・・・。

なんて「すばらしき世界一周」なんだろう。

さて、昇地三郎さんについて。

昇地さんは、二人の息子が脳性小児麻痺だったことから、知的障害児通園施設「しいのみ学園」を創設。教育者として障害児教育や、幼児教育の普及に尽力してこられた。


3人の子供さんと奥様、家族を見送った95歳から、自由な時間を得て、さらに中国の障害児支援など精力的に活動。

99歳から毎年1回、世界一周の講演旅行を行うようになった

65歳で韓国語、95歳で中国語、100歳でロシア語、101歳でポルトガル語、102歳でフランス語の勉強を開始。

昇地さんの脳のMRIを分析すると、記憶や学習を司る海馬の萎縮が極めて少なく、脳の反応は30代という。


【曻地式十大習慣健康法】は、シンプルだが、人生において大切なことが凝縮されている。

①笑顔とユーモアを心がける。
②毎朝起きたら冷水摩擦。

③関節の動きを良くする棒体操。

④外国語を勉強して記憶力を強化。

⑤一口30回噛んで腹七分目に。

⑥口八丁手八丁足八丁でまめに動く。

⑦新聞をよく読んで新しい情報を得て好奇心を磨く。

⑧その日の内に返事をペンで書く。

⑨外国語で日記をつける。

⑩疲労回復のため硬いマットで寝る。


情報ソース「食べない生き方」↓

http://inedia.jp/shochi.html

高齢期をどう生きるかは、人生の大きな課題だが、自分なりの方法で社会に貢献できたら、幸せ。


私は本を書いたり、写真を撮ったりしているので、女性では、97歳のフォトジャーナリスト・笹本恒子さんが気になる。

90歳の報道写真家(フォトジャーナリストといっしょ?)・福島菊次郎さんも迫力があるが、、笹本さんのふわりとした〝軽やかさ〟のようなものは、本当に魅力的だ。


それから、まだまだ若いけれど、交流をさせてもらっている79歳+2の作家、櫻井秀勲先生。

初めて会ったときは、こんな艶っぽい70代がいたのかと衝撃だった。

最近、『老いない流儀』というぴったりの本も出されている。


http://www.amazon.co.jp/%E8%80%81%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84%E6%B5%81%E5%84%80-%E4%B8%AD%E7%B5%8C%E3%81%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%AB%BB%E4%BA%95-%E7%A7%80%E5%8B%B2/dp/4806144436


いくつになっても、生き生きと社会のために、なにかを与え続けている方たち。

生きるスタイルはそれぞれだが、共通していえるのは、

自分を年寄り扱いしていないこと。

つまり、「年齢」という言い訳をしない。

それから、好奇心が旺盛なこと。

やりたいことがいっぱい。


だから、話すことが的確で、とても新鮮。


30代、40代で「もう年だから・・・」なんて言っていたら、すぐに老けちゃうんんだろうな。

いちばん怖いのは、実年齢の老化ではなく、魂の老化なんだと思う。


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↑最近、毎日食べている竜眼。これが大きな木いっぱいに花のようになっているのは圧巻です
iPhoneからの投稿

台湾のなかの戦争

2012-08-15

終戦記念日だ。


台北郊外で、日本海軍の特攻艇基地が見つかったそうだ。


↓(産経新聞記事より)

第二次大戦中の日本海軍の特攻艇「震洋」の格納庫跡が、台北市郊外に現存することがわかり、保存の検討が始まった。交通部(国交省に相当)観光局では今夏、関連施設跡地の整備に乗り出したばかり。8月中には震洋特攻隊の記録ビデオも完成する予定で、関係者らは「戦争の記憶を後世に伝えたい」と話している。


(中略) 震洋特攻艇は大戦末期の海軍が特攻機不足の中で導入したベニヤ製1人乗りモーターボート兵器。艇首に炸薬250キロを搭載し体当たりする。台湾では実戦使用されなかった。


私事だが、父の兄が海軍の特攻潜水艇「回天」においてオーストラリア近くの海上で亡くなったと聞かされて育った。

伯父は23歳だった。


優秀な人だったらしく、私が学校の成績がいいとき、父はよく、

「おまえは、伯父さんと同じ血が流れているからなぁ」

と、誇らしげに言っていた。


父は毎年、桜の季節になると、知覧の特攻基地を訪ねた。

「この人たちのことを、絶対に忘れちゃいけない」と。


戦争というのは、なんと恐ろしい兵器を考えだすんだろう。


台湾でのモーターボート特攻機は使われることはなかったが、台湾には、日本兵として戦い亡くなった人、大陸や南方で戦った人、訓練を受けた人、日本で戦闘機を作っていた少年たちなど、多くの戦争に関わった人たちがいる。


人々の心のなかの戦争は終わっていない。

取材をするたびにそう思う。


もっと話を聞きたい。

父もいなくなったいま、そのときの真実、そのときの気持ちを教えてほしい。

時間は限られているけれど・・・。

MAYUMIの旅びと生活。

↑ルカイ族の村、霧台で会った老人は、高砂義勇隊として南方に行ったことがあるという。その後、村から多くの志願兵が出て行ったが、ほとんど帰ってこなかった。


空を指さして、「この村にもアメリカの戦闘機がやってきて、あのあたりを飛んでいた。大きな音がして、それはもう、怖かった・・・」

「南方であったこと? それは日本国との約束だから言えない。墓場まで持っていくよ」

日本語で穏やかに言った。


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